2012年11月29日木曜日

思考環

人の思考は「円環運動」である。
方向がちがうと思うことでも、意見や刺激として取り入れる、触れることによって、円の半径を広げることができる。半周すれば、マイナスもプラスになる。
重要なのは、狭い、同じ枠組み、同じ円環内での思考の循環に陥らないこと。

そういった意味で、ずっとAの選手が、例えば選抜に参加してみるだとか、社会人チームに参加してみるというのは、上への刺激だが、ときに、BやC、高校生の練習に参加するということも、下への刺激であり、同様に思考環の半径を大きくすることができる。

こんなことを考えてみたら、結構色々な対外活動だったり、練習参加は、「間接的」ではなく、「直接的」に意味のあるものではないのだろうか。


さて、思考環というのは、完全に自分のオリジナル表現である。
自分の考えている思考様式や、成長様式を図としてイメージしたとき、「思考」という「環」があったからである。
これを、ある先輩は「世界」と呼んだ。

そこで!我らがGoogle先生に、「思考環」について、聞いてみた。

すると、思考環というタームはないけれど、どうやらシステム心理学という分野の認識論として、「円環思考」というタームは存在するようだ。あまり深く読み込んではいないが、1979年という、比較的最近出てきた論のようである。
直線的認識論を批判するものとして扱われている。

量が多くて滅入ってしまったが、興味のある人はどうぞ。

システム心理研究所 直線的認識論から円環的認識論へ


自分の論と若干異なるのは、円環思考とは、円を書くように思考するその様式のことで、因果関係は明確にわけられるものではないということだったが、自分のイメージする「思考環」は、思考するためのフィールドで、似たような集団、考え方を持つ人とだけと触れ合っていると、そこからプラスにもマイナスにも進化しない、要するに若者的にはブレイクスルーに至らないというニュアンスである。だからこそ、フィールドの種類は問わず、自分の「思考環」から抜け出すことにより、ブレイクスルーのきっかけとなるのではないか、ということである。

ただ、その本質のところとしては、ひょっとしたら人は円環思考することにより、「思考環」が形成されるのではないかという意味において、似ているのかもしれない。

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